月光医院はパーティムーン  町外れにある月光医院。  そこは、ご近所では悪徳病院として有名だった。 「カゼですね」  と、まことは言った。  木野まこと。この月光医院の院長である。 「カゼ…ですか?」  青年は、まことに聞きかえした。  彼の名前は、今は仮に『青年A』としておこう。耽美で麗しい美青年である。 「そう、カゼです!」  まことは、大きくうなずいた。 「だから、入院です!!」 「……は?」  青年Aは、一瞬、点目になった。 「にゅ…入院って………。だって、カゼでしょう?」 「アナタね──」  まことはメガネを外すと、スッ、と立ちあがった。 「カゼを甘くみてはいけません。カゼは万病のもとなんです! それとも、あなたは医者 の言うことが聞けないんですか!?」 「い…いえ……」  青年Aはビビっていた。  ヘタに逆らったら、投げ飛ばされそうな気がした。  実際、まことに逆らって、投げ飛ばされて入院した患者もいるくらいだ。  ひどい医者もいたもんである。 「…そ……そういうわけでは………」 「では、決まりですね。入院です」  まことは、ニカッ、と笑った。  それから指を、パチン☆、と鳴らした。 「うさぎちゃん!」 「はぁぁぁ〜〜い!! なになに? まこちゃぁ〜〜ん!」  どどどどどどど…。  と、まるでレミングの大繁殖のような勢いで、診察室に飛びこんできたのは、この病院 の看護婦その1・月野うさぎである。  お気楽な看護婦で、ドジなことでは定評がある。  今までに、薬の調合や点滴や注射のミスで殺しかけた患者の数は、文字どおり数え切れ ないほどで、死人が出ていないのが不思議なくらいだ。(そんなヤツ看護婦にするな) 「まこちゃん、お呼びぃ〜?」 「うさぎちゃん。このお兄ちゃん、入院ね」 「はぁい。そいじゃ、お兄さん。病室にぃ、案内しますねぇ〜!」 「ちょ、ちょっと、待ってください! いきなり入院だなんて、それにだいいち、費用の ほうはどうなって──」 「だいじょぶだいじょぶ。費用は無料にしてあげますから。さ、うさぎちゃん。早く連れ てってあげて」 「はぁ〜い。いっきまぁ〜す!」 「わあっ! せっ、せめて弁護士を…じゃなくて家族に連絡を……わあぁぁっ!!」  悲鳴をあげながら、ズルズルと、うさぎに引きずられていく青年Aであった。  それにしても、うさぎの様子を見ていて、『アラレちゃん』を連想してしまうのは作者 だけだろうか? 「先生っっ!!」  突然、ドアがバタンと開いた。  そして。 「どーゆーつもりなんですかっっ!!」  けわしい表情で入ってきたのは、看護婦その2・水野亜美である。 「ど、どしたの? 亜美ちゃん?」 「どうしたもこうしたも…。また、無料で入院させるんですかっ!?」 「い、いや。その……いいオトコだったもんで」  まことは、ポリポリポリ…、と頭をかいた。  華麗な美青年趣味のまことは、患者がいいオトコと見ると、片っぱしから入院させてし まうのだった。  ほとんど、いや完璧にコレクターである。 「このくらいの楽しみがないと、医者なんてやってらんないって」  あーははははっ♪  お気楽に笑う、まことであった。  が、しかし、亜美のほうは、のんきに笑ってなぞはいられない。今や、この月光医院の 財政状態は、ロシア経済のように崩壊寸前なのである。 「そんなこと言って、これで、もう何人目だと思ってるんですか!? だいたい、それで なくても先生のその趣味のせいで、ここのところ大赤字の連続なのに、このうえ入院費ま で負担するなんてっ。こんなことばかりつづけてたら、そのうち、この病院つぶれちゃい ますよっっ!!」  亜美は一気にまくしたてると、真っ赤な帳簿を、まことに突きつけた。 「まあまあまあ……。亜美ちゃん、落ちついて」  短い髪を振り乱す亜美を、まことはそっとなだめる。 「これが落ちついて──!」 「だいじょうぶよ。これでも、ちゃァ〜んと対策はとってあるんだからサ」 「対策?」 「そっ」  まことは、にぱっ、と笑った。 「そのために、天才の亜美ちゃんに、来てもらってるんじゃないのっ」 「え………」  真っ白──。  どこからともなく、ヒュルルルル〜と冷たい風が吹いてきた。  落葉が風にのってカサカサと飛んでいる。まるで、一気に晩秋が来たようだ。 「…あ…あのね……まこちゃん……」  亜美は頭がクラクラして倒れそうになるのを、必死にこらえていた。  いくら亜美が天才少女で、計算に強いからと言っても、院長のまことがこの乱脈ぶりで はおのずと『限度』というものがある。 「ものには……ものには限度が…………」  うわごとのようにつぶやきながら、思わず、赤字帳簿を胸にしっかと抱きしめてしまう 亜美であった。  今や診察室は、秋から冬へと季節が変わっていた。  亜美のバックでは、日の丸のウチワを持ったペンギンの大群が、大東京音頭を踊ってい たりなんかするのだった。  しかし、亜美の頭クラクラとは無関係に、まことは、あくまでもお気楽だった。 「とゆーことで、この件は亜美ちゃんにまかせるからネッ!!」  ビシッ!  まことは断言した。  ニッポン無責任時代であった。 ──まことちゃんて、もしかして植木等の親類じゃないかしら?  ふと、そんなことを考える亜美だった。 「…わ…わかりました……」  亜美は大きなため息をついた。  そして、静かに部屋を出ようとした。  と、その時。  ガチャガチャ☆  ガッチャ〜〜ンッ☆  ガラスビンの割れる音が、病院中に盛大に響きわたった。  薬品室のほうからだ。 「なっ、なに? 今の音は……」  亜美は、ピキッ、と硬直した。  とてもイヤな予感がする。 「まさか、また、うさぎちゃんが、何か割ったんじゃ…!?」  顔面蒼白状態で、亜美はあわてて薬品室に駆けこんだ。 「うさぎちゃん!」 「亜美ちゃぁぁ〜〜ん」  滅茶苦茶になった部屋の中で、うさぎがペタンと座りこんでいた。  薬品棚がひとつ、完全にブッ壊れて、部屋中のいたる所に、何百という薬ビンの残骸が 散らばっている。  悲惨な事態だった。 「あ…ああ…やっぱりぃ…………」 「ごめんなさぁぁぁぁ〜〜い」  ふにゃあ。  情けない声で、うさぎが泣いた。  でも、もっと泣きたいのは、亜美のほうだ。 「……あ…あ……た……高い薬が……あああぁぁあぁ…………」  亜美はズルズルと、その場にヘタってしまった。  瞳孔は完全に開ききって、口からはアワを吹く寸前である。 「な…なんてことなの……」  まだ、月が替わったばかりだと言うのに、早くも、今月の赤字がキッチリと確定してし まったのである。 「亜美ちゃぁん。顔色が悪いよぉ」  うさぎが、申しわけなさそうな表情で、亜美の顔をそっとのぞきこんだ。 「……い……いいの…………」  亜美は、力なく答えた。 「…しばらくのあいだ……あたしを独りにしておいて……………」  しくしくしくしく…。  赤字帳簿を抱きしめながら、わが身の不幸を嘆く亜美であった。             *             *  さて、そのころ。  月光医院の斜め前の電柱の影に、ふたりの少女が立っていた。  ふたりとも、このクソ暑い夏のさなかにトレンチコートにサングラスという、どう好意 的に見ても『怪しい』としか言いようのない格好をしていた。  アブナイ気配を察した通行人が、目をそらせて足早に通りすぎていく。  このふたりこそ、業界で有名な産業スパイ、火野レイと愛野美奈子のコンビだった。 「フッ…」  レイはサングラスを外すと、口元に軽い笑みを浮かべた。 「あそこが、月光医院ね」 「そうよ、レイちゃん」  美奈子は、内ポケットから電子手帳を取りだし、ポンポンポンとキーを叩いた。 「あそこの院長は、人間をあやつる秘薬を開発してるそうよ」  手帳を見ながら美奈子が言った。  とんでもないカン違いである。  まことが開発してるのは、秘薬などではない。  美青年専用の媚薬だ。  目的はもちろん、美青年ハーレム建設である。(あのな…)  しかし、どこでどうウワサがねじれたのか、レイと美奈子は思いっきり誤解をしていた のである。 「その薬を手にいれれば、どこの企業にでも高く売れるわね!」  レイはこぶしを握りしめた。 「やるわよ〜! 美奈子ちゃん!」  ゴオオォォォォッ!!  と、燃えあがったりなんかする、レイであった。(この暑いのに) 「でも、やるって、どうするの?」  美奈子は案外と冷静である。  もっとも、レイと組むのだから、冷静でなければ仕事にならないが。 「フッフッフッ…。コレよ」  不気味に笑いながら、レイはコートの内ポケットから小ビンを取りだした。  中には黒い液体が入っている。 「なに、これ?」 「コレを飲むとね、一時的に仮死状態になれるのよ」 「か……仮死状態ぃ?」 「そう。でも、だいじょうぶよ。夜中にはちゃ〜〜んと目が覚めるから、心配しなくても いいのよ、美奈子ちゃん」 「心配しないで…って……。あの……もしもし?」 「あとは内側から、カギを開けてくれればOKだからね」 「……だから…ちょっと………」 「頼んだわよ。美奈子ちゃん」 「………(え〜と)…」  美奈子は固まっていた。  ヒヤ汗を一滴たらして、困惑の笑みなんかを浮かべたりする。 「…あの……つまり………あたしにソレを飲めってこと…………?」  うわずった声で、美奈子は訊いた。  レイの答えは、分かりきっているような気もしたが、それでもやっぱり、確認せずには いられなかったのである。 「ほかに誰がいるの?」  間髪をいれず、レイは言い切った。  あたりまえ、という顔で。 「……………………………………」  きっかり5秒間、美奈子は沈黙した。  そして、 「イヤ〜〜ッ!!!」  思いっきり、悲鳴をあげた。 「そんな不気味な薬なんて、絶っっっっ対に飲みたくなぁぁぁ〜〜いっっ!!」  全身全霊をかけて拒絶の叫びをあげながら、美奈子は、真っ青な顔でわたわたわたと後 退していく。 「ちょっとこら! 待ちなさいって!」 「イヤイヤイヤ〜〜ッッ!!」 「だいじょうぶだったら」 「やだ〜っ! だったら、レイちゃんが飲めばいいじゃないのぉーーっ!」  じたばたじたばた。  コートのスソをレイに引っぱられながら、美奈子は必死に逃げようとする。 「美奈子ちゃん──」  とつぜん、レイが低い声をだした。 「う…」  美奈子は、ピタッ、と止まった。  レイがこんな声をだす時は、恐い時と決っているのだ。 「……う…ううっ…………」 「ミ・ナ・コ・ちゃ〜ん」  アブラ汗タラタラの美奈子に、レイはじりっ…じりっ…と詰めよる。 「ひ、ひえぇ…」 「美奈子ちゃんは、あたしの頼みが聞けないっていうのぉ〜?」  ひゅ〜〜。どろどろどろ…。  いつの間にか、レイの背後には、百鬼夜行の魑魅魍魎が飛びかっていた。  さすがは巫女さんである。 「ヒィィーーーーッッッ!!」  美奈子の蒼い顔が、真っ白になった。 「わっ、わかった! の、飲む! 飲むからぁぁぁ! うぎゃあーーっっ!!」 「うふふっ。嬉しいわァ。美奈子ちゃんって、いつだって、あたしの頼みを聞いてくれる んだもの♪」  ニッコリ、と微笑むレイ。 ──これのどこが頼みよ? 完っ全に脅迫じゃないのっ!  とは思っても、怖くて口にはだせない美奈子だった。 「ア、アハ、アハ、アハハハハ…」  うつろな声で静かに笑う美奈子であった。             *             *  月光医院に、美奈子の死体が運びこまれたのは、その日の夕方だった。 「……瞳孔は開いてるし、脈も停止してますね」  美奈子の様子をひととおり調べ終えると、亜美は、まことにそう報告した。 「うわぁ〜〜っ。あたし、ホントの死体見るのはじめてぇ」  ツンツンツン。  と、うさぎは美奈子の死体を、割り箸でつっついたりする。  なぜこんな所に割り箸があるのかは、聞かないほうが賢明というものだ。 「だめよ、うさぎちゃん。死体で遊んだりしちゃ」 「あはは…。ごめんなさぁい」 「で、先生、どうします?」 「どうするって言われてもねェ……」  まことは頭をかきながら、レイの顔をチラリと見た。  もちろん、レイが運んできたのである。 「明日の朝まで、この病院に安置しておいてください」 「警察病院に運んで、司法解剖にまわしたほうがいいんじゃない?」 「ダメです!!」  レイは叫んだ。  解剖なんかされたら、美奈子は本物の死体になってしまう。 「解剖は絶対にダメです!」 「でも、変死の場合は、いちおう警察に連絡しないとねェ……」 「ねえねえねえ、そいじゃあ」  いきなり、うさぎが話に首を突っこんできた。  どうやら退屈しているらしい。 「火葬はぁ?」 「燃やしちゃダメ!」 「土葬はぁ?」 「埋めるのもダメ!」 「水葬はぁ?」 「沈めないでよ!」 「鳥葬はぁ?」 「ここは日本! チベットの山奥じゃないの!!」 「じゃあねぇ……う〜〜んとぉ……」  うさぎは腕を組んで考えた。  そして、 「そだ!」  ポン☆、と手を打った。 「湯殿山へ持ってってぇ、そんでぇ、即身仏にしちゃお〜〜!」 「バカーーッ!!」  レイは大声で怒鳴った。 「ミイラにしてどうすんのっ!? だいたい即身仏なんて、いったい何年かかると思って んのよっ、このバカうさぎっっ!!」 「ふえぇぇ〜〜ん。レイちゃんがいぢめるのぉ〜」 「ま、まあまあ、ふたりとも」  見かねて亜美は、割って入った。 「とにかく、警察に連絡しましょ」 「それはダメよ!」 「でもね、レイちゃん。そういう決まりになってるし…」 「入院料…じゃなくって、安置料を払うわ。それでどう?」 「うっ…」  亜美の眉が、ピクッと動いた。 「い………いくら?」 「5万でどう?」 「…………わ、わかりました。明日の朝まで安置します」  亜美はあっさり寝返った。 ──だって、赤字なんだもん!  心の中で、自らの変節ぶりを、懸命に正当化する亜美であった。  みんなビンボが悪いんや!             *             *  真夜中──。  草木も眠る丑三どきである。  無事に生き返った美奈子は、予定どおり裏口からレイを招きいれた。 「遅かったわね。美奈子ちゃん」  小声でレイが言う。 「だって、この病院、広いんだもの」 「ま、いいわ。それで、院長室はどこにあるの?」 「隣の病棟よ」 「じゃあまず、そこから調べましょ」  とかなんとか会話をしながら、ふたりは長い長い廊下を歩いていく。  三つめの角を曲がった時だった。 「誰かいるの!?」  突然、懐中電灯の光が、ふたりを照らしだした。  亜美である。  夜間巡回の途中だったのだ。 「あ、あなた…」  亜美は絶句した。  懐中電灯を持つ手が、小刻みにカタカタと震えはじめた。 「し、し、した、した、した……」 「え? 下?」  とか言って、足元を見てしまうレイと美奈子であった。  ちがあーうっ! 「死体が歩いてる〜〜っっっ!!」  亜美は悲鳴をあげた。  それはそうだ。  死んでいたはずの美奈子が、レイと歩いているのだから。 「キャーーッ!! お化けぇーーーっっ!!」  クルリ、と後ろをむくと、亜美は全速力で逃げだした。 「ま、まずい! 追うのよ!!」  レイはあわてて後を追う。 「待ってよ。レイちゃんてばぁっ」  美奈子もつづいて走りだした。  追いかけっこになった。 「誰か助けてーーーっ!」  亜美は必死に逃げる。  事情はよくわからないが、とにかく危機的状況だった。  が、しかし。  悲しいことに、亜美は、レイや美奈子ほど足が早くなかった。と言うよりも、はっきり 言って、遅かった。 「いや〜っ! 放して、お願い!」  たいして走らないうちに、亜美は簡単にレイに捕まってしまった。 「放すワケないでしょっ。捕まえた獲物を放すようなバカは、うさぎくらいのものよ!」  口の悪いレイである。(特にうさぎに関しては) 「美奈子ちゃん、手伝って」 「う、うん」  レイは美奈子に手伝わせて、亜美を標本室へ連れこんだ。 「ちょ…ちょっと……。こんな部屋に連れこんで、あ……あたしをいったい……どうする つもりなの?」 「どうするって?」  レイは、服の内側からロープを取りだした。 「拷問するに決ってるでしょ!」  言うなりレイは、ロープ片手に亜美に襲いかかった。ほとんど痴漢である。 「イヤぁ〜〜っっ!! 助けて放して誰か来てえっ!」 「えーいっ。おとなしくしなさい!」  じたばたともがく亜美を、レイは強引にねじ伏せる。 「ちょ、ちょっとレイちゃん。いくらなんでも、それはマズイんじゃ…」 「いいから! 美奈子ちゃんも手を貸すのよっ!」 「助けてぇぇぇぇっっ!!」  ドッタンバッタン。ボカボカ。げしっ☆  壮絶な女の戦いであった。  やがて亜美は、抵抗もむなしく縛りあげられ、ほとんど身動きもとれない状態になって しまった。 「フッフッフッ…。手こずらせてくれたわね…」 「お願いレイちゃん、ほどいてえっ」 「あたしを女王様とお呼び! オ〜ッホホホホホッ!」 「レ、レイちゃん、もしかして、人格がちょっと変わってない?」  思わず、白いフリフリハンカチで、汗をぬぐってしまう美奈子であった。 「さあ、答えて亜美ちゃん。院長の秘薬はどこにあるの?」 「ひ……秘薬……? そんなもの、見たことも聞いたこともないわ」  亜美は否定した。実際に存在しないのだから当然だ。 「ウソつくんじゃないわよ!」  レイは、亜美をギッとにらみつけた。 「いいこと? 素直に答えてくれないと、このカエルのホルマリン漬けを、亜美ちゃんの 頭からブッかけるわよ!」 「ひ〜〜〜〜っっ!」  亜美は顔を引きつらせた。 「それとも、こっちの、心臓と肝臓の詰あわせのほうがいい?」 「やっ、やめてぇぇぇーーっっ!!」 「オ〜〜ッホッホッホッ♪」  今やレイは、完璧に、女王様モードに突入していた。  隣では、美奈子が青い顔していた。 「レ…レイちゃん、もうやめない? なんだか気分が悪くなりそ……うぷっ…」 「なに言ってんのよっ。ここまできてやめられるワケないでしょっ!」  レイは、うがーっ、とキバをむいた。 「さあ、亜美ちゃん! 素直に答えなさいっ!!」 「ホ…ホントよ、ホントに何も知らないのよ! あ、あたしが知ってるのは、赤字の帳簿 だけなのよぉ〜〜っ!」  ひ〜〜〜ん。  亜美は半ベソかきながら、必死に弁解した。 「いつまでウソつくつもり!?」  レイは、怖い顔で亜美をにらみつけた。  勝手に秘薬の存在を信じて、無理難題をふっかけてくるのだから、まったくもっていい 迷惑のお代官様である。 「どうなの亜美ちゃん? 脳みそもオマケして欲しいの!?」  両手いっぱいに、ホルマリン漬け標本の山をかかえこんで、レイは、ジワリジワリ…と 亜美に迫ってくる。 「ひ…ひい…」  絶対絶命の危機である。  と、その時、 「そこまでよぉっ!」  勢いよく、ドアが開かれた。 「う、うさぎっ!」 「うさぎちゃぁーん、助けてぇーっ」 「亜美ちゃんをいじめる悪いコは、月にかわって、お仕置よぉっ!」 「お仕置ですってェ? フン! 面白いわ。やれるものなら、やってごらん」  レイは鼻で笑うと、亜美のヒザの上に、ホルマリン漬けの山を置いた。 「ちょっ…レイちゃん! こんな物、あたしのヒザに置かないでぇ!」 「よぉぉぉ〜〜っし!」  うさぎは、例のポーズをとった。 「ムーン・クリスタル・パワー!」  が──、 「あ、あれ……? 変身ブローチがないよおぉぉ?」 「ったりまえでしょ! バカねっ!」  ペペペッ、とツバを飛ばして、レイはわめいた。 「今回はそーゆー話じゃないのよ。このバカうさぎっ!!」 「そ、そんなぁ…」 「やーいやーい、バカうさぎィ」  レイは、イーッ、と舌をだし、うさぎをメいっぱいコケにする。 「ふぇぇ〜〜ん。あたし、バカじゃないもぉぉん」 「フン! 覚悟しなさい、今度はこっちからいくわよ」  レイは気合いを入れると、ぽきぽきぽきっ☆、と指の骨を盛大に鳴らした。 「ひ…ひぇぇ…」  うさぎの顔面から、サササーッと血のケが引いた。  腕力勝負になったら、どうあがいたって、うさぎには勝ち目はない。 「う、うさぎちゃん! 逃げてっ!」  亜美が叫んだ。 「に、逃げるぅ〜!」  うさぎは、あたふたと逃げだした。後ろも見ずに。 「こらっ。待ちなさい! うさぎっ!」  アッという間に、うさぎとレイは、姿を消してしまった。 「あ、あたしもいかなきゃ。じゃあ亜美ちゃん、またね」  美奈子もまた、ふたりの後を追って、バタバタと部屋から出ていく。 「あっ。ちょっと美奈子ちゃん」  亜美は叫んだ。 「そ、その前に、このロープをなんとかして。ねえ、あたしだけ、こんな所に置いていか ないでよお〜〜〜っ!!」             *             * 「待ちなさい、うさぎーっ!!」 「やだぁーっ、待たない〜〜っ!!」 「待たないと殴るわよーーっ!」 「待っても殴るクセにぃぃ〜〜っ!」  ばたばたばたばた。  ギャーギャーと大騒ぎをしながら、うさぎとレイは、広い広い病院の中を上に行ったり 下に行ったりと、休む間もなく走りまわる。  はっきり言って、子供のケンカである。 「待てェーッ! バカうさぎーーっ!!」 「やだやだやだぁーーっっ!」  こうなると、かわいそうなのは美奈子だ。 「あ、あたし、疲れたぁ。いつまで走るのよぉ」  ヒィヒィ言いながら、美奈子は懸命にふたりの後を追いかける。  だが、今やガキ状態のうさぎとレイの猛烈なスピードの前に、どんどん差が開くばかり だった。 「お…お願い……。あたし……もう………ねえってばぁぁぁ…」 「大バカうさぎーーーーっ!!」 「ふぎゃぁ〜〜〜っっ!」  追いかけっこはつづく。 「まこちゃぁ〜ん! 助けてぇ〜!」  うさぎは悲鳴をあげて、まことの部屋に飛びこんだ。 「う〜さ〜ぎ〜っっ!!」  レイもうさぎを追って、バタバタと部屋に駆けこんできた。 「待ちなさいって………へっ?」  部屋に足を踏みいれたレイは、いきなり点目になった。 「な、なに? この部屋?」  部屋の中には、うさぎがいた。  まことがいた。  そして。  おタンビーな美青年がたくさんいた。 「レイちゃん、どうしたの? こんな夜中に?」  まことは、キョトンとレイの顔を見た。 「どうしたのって……あの…その……………」  予想外の事態に、レイは一瞬、言葉を失ってしまった。 「ふぇぇ〜ん! まこちゃぁ〜ん。レイちゃんがいじめるの〜」 「なに? またケンカ?」 「いや、その、そうじゃなくって…。それより、この部屋なんなのよォ?」 「この部屋? ふっふっふっ…」  にっぱあっ。  まことは、目尻をさげて笑った。 「あたしのハーレムさっ♪」 「ハ……ハーレムぅ?」 「そう。すごいでしょっ」  まことは、すっかり上機嫌である。  じつのところ、今まで、誰かに自慢したくって、しかたがなかったのだ。 「あたしの作った媚薬でネ、この美青年を集めたのよ。ふふふふっ」 「…び…媚薬……って………秘薬じゃないのォ?」 「秘薬? なんのこと? うさぎちゃん知ってる?」 「さぁぁ? わかんなぁい?」  うさぎは、フルフルフル、と首をふった。  さっきまでの展開は、完璧に忘れてしまったらしい。(鶏頭…) 「あーっ、もう! 秘薬じゃなくて媚薬だなんて! 美奈子ちゃんってば、どこで間違え たのよォッ!!」 「なに。美奈子ちゃんも来てるの?」 「あ、うん…。そろそろ…来ると思うんだけど……」  そう言って、レイは廊下を見た。  廊下のはじを、美奈子がヨロヨロと歩いてくるのが見えた。 「あ。来たみたい」 「そう、丁度いいわ。これから、美青年パーティをやるんだけどサ。どう? レイちゃん たちも遊んでかない?」 「えっ? い…いいのっ!?」  キララララッ☆  美青年、という言葉に、レイの瞳が輝いた。  じつはレイも、美青年は大好きなのである。 「もちろんよ。明日は休みだから、徹夜で騒ごうよ。ふふふふふっ♪」  まことはアブナく笑う。 「やりましょ。フフフフフッ」  レイもアブナく笑う。 「パーティだぁ! アハハハハッ」  よくわからないけど、うさぎもつき合いで笑ってみた。 「……な…なに…笑ってんの……?」  ようやくたどり着いた美奈子は、異様な状況に、ちょっとビビリかけた。 「な、なんなのよぉ? ねえ?」             *             *  さて、まことたちが、夜っぴいて騒いでいたそのころ。  亜美はまだ、標本室にいた。  イスに縛られた両手をほどこうと、必死になってもがいていたが、頑丈なロープは緩み もしなかった。 「あ〜〜〜ん。誰かぁ〜〜っ!」  真っ暗な部屋の中で、ウジョウジョグチャグチャのホルマリン漬けの標本の群に囲まれ ながら、亜美は力の限り叫んだ。 「誰かぁーっ、助けてぇーーっ! お願いだから、ここからだしてぇーーっっ!! この 部屋怖いのぉーーーっっっ!!!」  ところで、明日は休診日。  この病棟に人が来るのは、明後日以降になる。 「あぁぁ〜〜〜〜ん! なんであたしだけ、こんなメに会うのよーーっ!!」  静かな廊下に、亜美の声はいつまでも響きつづける──。                                      END